このような見方を採用するならば、タカミムスビの神は「天岩戸開き」以外にも、日本神話の重要な局面に於いて、身を隠しながら影響力を行使していることが分かるのである。先に触れた「天孫降臨」の物語に関して、さらに詳しく、今度は『日本書紀』も含めて見てみよう。
 『日本書紀』によると、タカミムスビの神はニニギノミコトを寵愛して育て、葦原中国(アシハラナカツクニ)の君主にしようと願った(神代下、第9段、天孫降臨条、本文)。また、同書は神武天皇即位前紀、神武東征条の冒頭でも、タカミムスビとアマテラスの両神が豊葦原瑞穂国をニニギノミコトに授けられたと記述している。『古事記』では7箇所にタカミムスビがアマテラスと共に命令を下す存在--つまり、身を隠して影響力を行使する存在--として描かれている。その中で「国家神」として最も重要な役割を描いているのが上巻の天孫降臨条の次の箇所である--
「天照大御神・高木神の命もちて、太子正勝(ひつぎのみこまさかつ)吾勝勝速日(あかつかちはやひ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に詔(のたま)ひしく、“今、葦原中国を平らげをはりぬと白す。故(かれ)、言依(ことよ)さしたまひし随(まにま)に、降りまして知らしめせ”とのたまひき。」
 ここにある「高木神」とは、タカミムスビの神の別名である。これらのことなどから考えて、民族学者の岡正雄氏は昭和29年10月、昭和天皇への進講の際、「皇室の本来の神話的主神はタカミムスビノカミで、アマテラスオオミカミではないと思う」ことなどを述べたという。この説を支える記述としては、『日本書紀』の顕宗天皇三年条に、月神と日神がともにタカミムスビを「我が祖(みおや)タカミムスビ」と呼んだという段もある。日本古代史研究家の溝口睦子氏は、岡氏の説に賛同して「7世紀末以降アマテラスは天皇家の先祖神であり、神界の最高神だった。しかしそれ以前はそうでなかった」とし、タカミムスビがもともとの皇祖神で、「この神こそ、ヤマト王権時代の皇祖神=国家神であった」(p.177)と結論している。
 
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「カムムスヒの名をあらわすのは、スサノヲが殺したオホゲツヒメの体になった五穀を取らしめて種とし、オホアナムチが殺されたときには母神の請いをいれてキサカヒヒメ・ウムカヒヒメを遣わすくだりであり、また、オホクニヌシと協力して国作りするスクナビコナはこの神の子であり、カムムスヒはそれを確認しつつ協力して国作りすることを命じる。さらに、国譲りにおける鑽火の詞のなかにもあらわれる。」(『古事記とはなにか--天皇の世界の物語』、p.95)
 神野志氏の神名の表記法は本欄のものと若干異なるが、「カムムスヒ」とはカミムスビのことである。カミムスビの神の働きは、ここに書かれているように、他の神に「取らしめ」たり、「遣わし」たり、「命じ」たり、祝詞の中に「あらわれ」たりして、影響力を行使するのみであり、同神自身が何かを実行することはない。前掲のビリヤードの喩えを使えば、他の玉を動かすことで得点するのである。この点で、タカミムスビと同様に「身を隠す」存在であると言えるだろう。
 では、身を隠して物事を背後から成就させる働きが共通しているとしても、タカミムスビとカミムスビの間には相違点はないのだろうか? 私はあると思う。その違いは影響力の行使の仕方である。先に述べたように、タカミムスビは、天の岩戸開きの方法を自ら公案したオモイカネの神の父神である。子神の背後にあって、能動的、積極的に動いたと読み取れる。また、葦原中国の平定の相談をするために、八百万の神々を天安河(あめのやすのかわ)の河原に集合させ、オモイカネに知恵を出させる時も、能動的、積極的である。そして、天孫降臨の際は、天照大御神とともに自ら命令を発することは先に引用した通りである。
 これに対し、カミムスビの神の影響力の行使の仕方は、受動的である。スサノオによってオオゲツヒメが殺された際は、その死体から生まれた穀物や豆をムダにしないように、それらの種を採取させた。オオアナムヂの神が焼けた大石を抱いて死ぬんだ際には、二人の女神を天から遣わして生き返らせた。さらに、オオクニヌシの国作りの際は、御子のスクナビコナの神を遣わして助けたが、その役割はあくまでもアシスタント(従属的)であった。このように見てくると、同じムスビの働きであっても、その現れ方は能動的と受動的の二つがあると言えるだろう。
 
 能動的な働きは、言わば「自ら前に出る」ことでムスビを促進する仕方である。天の岩戸開きは、元来共にあった太陽神とその他の神々が分離して、光と闇に分かれてしまった世界を、再び結び合わせる一大事業である。葦原中国の平定は、天の秩序を地にもたらそうとすることだから、天と地との合一である。それを行うことを命じた神がタカミムスビである。きわめて能動的だと言える。これに対してカミムスビは、他の者が“前に出た”ために後ろに残ることになった者や力を支え、それを援助して育むことで、残されたものの再生や再起を促し、再び機会を得た際には飛躍を準備した。これは言わば、「受動的なムスビ」の働きである。
 
 このように考えれば、タカミムスビとカミムスビが、それぞれ「陽と陰のムスビの働き」を表していることが分かるのである。
 
【参考文献】
○大和岩雄著『新版 古事記成立考』(大和書房、2009年)
○幸田成友校訂『古事記』(岩波文庫、1943年)
ゲッターロボサーガ ゲッターロボG 石川賢 永井豪
○溝口睦子著『アマテラスの誕生--古代王権の源流を探る』(岩波新書、2009年)
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